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高松地方裁判所丸亀支部 昭和46年(ワ)17号 判決

原告

池尻玲子

ほか二名

被告

浜田照夫

主文

1  被告は、原告池尻玲子に対し、金七三〇万〇、七一三円およびうち金六九〇万〇、七一三円に対する昭和四四年九月八日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告池尻博明および原告池尻公子に対し、各金三二万五、〇〇〇円およびこれらに対する右同日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  原告らその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その三を原告池尻玲子の負担とし、その余は原告池尻博明および原告池尻公子の平等負担とする。

4  この判決の第1項のうち、原告池尻玲子に対して金二九〇万一、六〇〇円およびこれに対する昭和四四年九月八日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をなすよう命ずる部分ならびに原告池尻博明および原告池尻公子に対して各金三二万五、〇〇〇円およびこれに対する右同日から年五分の割合による金員の支払をなすよう命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  原告ら

1  被告は、原告玲子に対して金一、三一〇万九、〇〇〇円およびうち金一、二七〇万九、〇〇〇円に対する昭和四四年九月八日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告博明および原告公子に対して各金五〇万円およびこれらに対する右同日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者の主張)

一  原告らの請求原因

1  交通事故の発生

原告玲子(昭和四二年一月一四日生)は左の交通事故により負傷した。

(1) 日時 昭和四四年九月七日午前八時二〇分頃

(2) 場所 坂出市林田町八二八番地先道路上

(3) 加害車両 軽四輪自動車「マツダ キヤロル」(八香む五四五七)

(4) 加害車両の運転者 被告

(5) 態様 原告玲子が同所でタクシーを降り、その後方から右道路を横断中、加害車両に衝突されたもの。

(6) 結果 頭部外傷、脳および頸髄損傷等の傷害

2  被告の責任

被告は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条によつて原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

3  原告玲子の損害

(一) 治療関係費用

原告玲子は、前記傷害治療のため、次のとおりの費用を要した。

(1) 治療費 一〇二万一、〇〇〇円(一、〇〇〇未満切捨)

治療費の支払先、治療期間および支払額は左のとおりである。

〈省略〉

(2) 入院中の付添費 三六万二、〇〇〇円 (一、〇〇〇円未満切捨)

原告玲子は、前記のとおり、岩渕医院に三日間、回生病院に二〇二日間、ひかり整肢学園に六六日間、合計二七一日間入院ないし入園して治療を受け、次のとおり付添費を要した。

〈省略〉

(3) 入院雑費 一日あたり三〇〇円として二七一日分 八万一、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)

(4) 将来の装具費 二八万円(一、〇〇〇円未満切捨)

前記受傷の結果、両足に麻痺が残つたため、歩行用靴型装具および尖足防止用夜間装具を、前者については二〇才まで、後者については骨の成長が止まる一五才くらいまで着用する必要がある。そして、これらの購入代金の現価は、別紙(一)記載のとおり二八万円(一、〇〇〇円未満切捨)となる。

(5) 将来の付添費 四〇〇万円

原告玲子は、前記受傷の結果、両上下肢の麻痺をきたし、ことに左手は硬直したままで(上肢としての機能を全然果さない。また、下肢の麻痺に加えて、平衡機能障害により身体のバランスをうまくとることができないため、独力での歩行は不可能である。また、神経のバランス失調により、小さな物音にもひどく驚き、身体を硬直させる等の後遺障害に苦しんでいる。そして、これらの障害は終生回復の見込がない。そのため、今後とも常時の付添が不可欠であるが、その方法として、次のようなことが考えられている。

(ア) 原告玲子の母公子は、昭和三二年四月から丸亀電報電話局に勤務している者であるが、原告玲子に付添うため、昭和四五年四月一日から、一日の労働時間を午前中の四時間だけとする特別勤務についている。

右特別勤務とは、電々公社と全電通労組との労働協約に基づき、女子職員のうち、満一二才未満の子供を有する者は、その希望によつて、一日の労働時間を四時間に短縮することができ、その場合に支給される給与は、普通勤務の場合の五七・五パーセントとするという制度である。

しかして、母公子は、原告玲子が一二才になるまでの八年間、右特別勤務を続けるつもりである。そうすると、公子は、この間普通勤務を続けた場合に比し、次のとおり現価にして二三四万七、一五一円の減収となる。

すなわち、公子が普通勤務の場合に受給する一カ月分の給与の額は四万八、三二〇円、年間賞与の額は右一カ月分の給与の五・三七カ月分である。特別勤務の場合には、右の場合の五七・五パーセントが支給される。したがつて、公子が特別勤務についた場合、普通勤務を続ける場合との間に生じる給与の年間差額は三五万六、七一〇円となり、八年間分を、年毎に年五分の割合による中間利息を控除して合算すると、二三四万七、一五一円となる。

算式 48,320×(1-0.575)×(12+5.37)×6.58

これは、将来の付添費として被告の賠償すべき原告玲子の損害である。

(イ) 一二才以後は、右制度が利用できないので、生涯にわたつて付添婦を雇う必要がある。そのうち、二〇才に達するまでの八年間分の現価を、付添婦の日当一、七一六円、一カ月三〇日として、年毎に年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、四〇二万六、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)となる。

算式 1,716×30×12×6.58

以上(ア)、(イ)の金額を合算すると、六三七万三、一五一円となるが、そのうちの四〇〇万円を将来の付添費として請求する。

(二) 逸失利益 九一九万二、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)

原告玲子は、前記の後遺障害(自賠法施行令別表三級三号該当)により終身労務に服することができない。そのため、原告玲子は、九一九万二、〇〇〇円(本件事故にあわなければ、一八才から六〇才までの四三年間就労し、この間年収五八万八、七〇〇円(労働大臣官房労働統計調査部による昭和四六年賃金構造基本統計調査結果による全産業計、女子の平均年収)を得られたものとして、年毎、複式ホフマン法により年五分の割合による中間利息を控除して算出)(一、〇〇〇円未満切捨)の得べかりし利益を喪失した。

算式 588,700×(26.5952-10.9808)

(三) 慰藉料 四〇〇万円

前記の後遺障害に対しては、死亡の場合以上の慰藉が必要である。そこで、これを金銭に換算すると、その額は四〇〇万円となる。

4  原告博明および原告公子の慰藉料 各五〇万円

原告博明および原告公子は原告玲子の父および母である。原告博明および原告公子が原告玲子の本件受傷によつて受けた精神的苦痛は、同原告が死亡した場合にも匹敵するものである。そこで、原告博明および原告公子にも固有の慰藉料請求権がある。しかして、その額は同原告ら各自について各五〇万円が相当である。

5  損害填補 二九五万円

原告玲子は、自賠責保険から二八五万円、被告から一〇万円、合わせて二九五万円を受領している。

6  弁護士費用 四〇万円

原告玲子は、原告ら訴訟代理人に対して、本訴提起時に一〇万円を支払い、かつ、勝訴の場合には、認容額の一割の範囲内で三〇万円を支払うことを約した。これも本件事故に基づく損害である。

7  結論

そうすると、原告玲子は一、五三八万六、〇〇〇円の損害を被つたことになるが、被告に対し、そのうち、一、三一〇万九、〇〇〇円およびこれから弁護士費用四〇万円を控除した一、二七〇万九、〇〇〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四四年九月四日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告博明および原告公子は各自の損害額である各五〇万円およびこれに対する右同年月日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  被告の答弁

1  請求原因1のうち、(6)については知らない。その余の事実は認める。

2  請求原因2のうち、加害車両が被告の所有であることは否認する。

3  請求原因3のうち、原告玲子が、原告主張の期間岩渕医院に入院して治療を受け、原告主張の日から回生病院に入院して治療を受けたことは認める。その余の事実はいずれも知らない。損害の額はすべて争う。

ことに、将来の付添費に関し、原告公子は、原告玲子に付添のため、昭和四五年四月一日から特別勤務についているとのことであるが、少なくとも原告玲子がひかり整肢学園を退園した時点からは、同原告は相当程度回復し、歩行も可能となり、近隣の子供達とも遊んでいる状況であつて、常時の付添看護を必要とする状態ではなくなつている。したがつて、この点に関する原告の請求は必要性の限度を超えるものである。

また、原告玲子の逸失利益に関して、同原告が終身就労不能の状態に至るとの蓋然性はきわめて低いものである。むしろ、相当程度回復することが推認されるから、この点に関する原告の主張は不当である。

4  請求原因4のうち、原告らの身分関係は認める。その余の事実は知らない。慰藉料の額は争う。

5  請求原囚5は認める。

6  請求原因6の事実は知らない。本件事故に基づく損害とされるべき額の相当性を争う。

7  請求原因7は争う。

三  被告の過失相殺の主張

被告は、加害車両を運転して本件事故現場付近路上を時速約五〇キロメートルで北進中、進路前方約三〇メートルの道路右側端にタクシーが停車しているのを認めた。そして、右タクシーとの距離が一五メートルくらいの地点まで接近した時、女児が同タクシーの後方から道路の左側に向つて走り出てきたのを発見したので、直ちに警音器を二回連続して鳴らすとともに、速度を時速二五キロメートルないし三〇キロメートルくらいに減速した。そして、右女児が横断を完了した直後に、更に忽然として、右駐車中のタクシーのかげから、原告玲子が小走りに加害車両の進路前方約二メートルの地点に飛び出して来たため、加害車両の右前部に接触し、路上に転倒したものである。

この間、被告は終始前方を注視していたが、原告玲子の姿は右停車しているタクシーのかげにかくれていたので、同原告が飛び出して来る前に同原告を発見することは不可能であつた。また、先に出て来た女児に続いて更に原告玲子が飛び出して来ることを予見しうるような状況もなかつた。

ところが、事故発生時には、保護者である父原告博明はまだタクシー内にいたのであつて、本件事故は、当時二才の原告玲子を先にひとりでタクシーから下車させたという原告博明の不注意に起因するところが大である。

すなわち、本件事故では、被害者側の過失が大きいから、賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

四  過失相殺の主張に対する原告らの反論

過失相殺の主張は否認ないし争う。

本件事故現場道路は、幅員が約四・四メートルしかない比較的交通の閑散な田舎道である。その東側は一面の田園で、西側には住宅(原告博明らの訪問先である池尻昇宅)がある。本件タクシーは、右池尻昇宅前道路の東側に寄せて停車し、その東側のドアは開いていたのであるから、右タクシーと池尻昇方との間を通過しようとした被告としては、そのタクシーから降りた者が道路を横断して池尻昇宅に向かうことがありうることを当然予見することができたはずである。しかも、池尻昇方とタクシーとの間は狭く、万一の場合における避譲の余地は少なかつたのであるから、被告としては、あらかじめ徐行し、同タクシーの後方を注視するべきであつた。ことに、女児である原告玲子の姉美智子が先に現場を横断するのを発見しているのであれば、なおさらのことである。しかるに、被告は、漫然時速三〇キロメートルくらいのスピードで右タクシーの横を通過しようとしたため、原告玲子の発見が遅れ、これに運転技術の未熟も加わつて、本件事故の発生となつたものである。

したがつて、仮に、原告玲子ないし原告博明に過失相殺の対象となるべき過失があるとしても、右のとおり被告にも相当の過失があるから、過失相殺は一割ないし二割程度にとどめられるべきである。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)は、(6)(原告玲子の受傷)の点を除いて、当事者間に争いなく、同原告が本件交通事故によつて脳および頸髄損傷の傷害を負つたことは後記認定のとおりである。

二  請求原因2(被告の責任)について

〔証拠略〕によれば、被告は、昭和四四年六月頃加害車両を訴外高尾モータースから購入し(但し、その所有権は同訴外人において留保)、以来同車両を自己のために使用していた者であることが認められる。そして、被告自身が同車両を運転中本件事故を惹起したものであることは前記のとおりである。

右事実によれば、被告は加害車両の運行供用者であり、その運行によつて厚告玲子を負傷させたことは明らかである。したがつて、被告は自賠法三条によつて原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

三  請求原因3(原告玲子の損害)について

(一)  原告玲子の治療経過および後遺障害の程度

〔証拠略〕を総合すると、原告玲子の治療経過および後遺障害の程度は次のとおり認められる。

原告玲子は、受傷後直ちに坂出市内所在の岩渕医院に収容され、昭和四四年九月一〇日まで治療を受けたが、その間昏睡状態が続いたので、同医院医師の勧めにより、脳神経関係の専門医のいる同市内所在回生病院に転医して入院治療を継続した。

受傷後一〇日目くらいで意識は回復したが、脳および頸髄の広範な損傷に起因する失語症(運動性および感覚性)、四肢痙性不全麻痺(左上下肢に特に著明)、小脳性失調、高度の平衡機能障害、左顔面神経麻痺等の後遺症が残つた。すなわち、知能、ことに記憶力の低下が目立ち(知能は著しくは低下していない。)、些細な物音にもひどく驚いてはひきつけ発作を起こす、右手は人指し指が不自由、左手はいつも肘関節を曲げてこぶしを握りしめた状態で、自らの意思ではほとんど動かすことができない、両下肢は内転、内旋し、尖足になりがちのため、独力での歩行は不可能、介助なしには衣類の着脱、排便もできないといつた状態であつた。

ちなみに、原告玲子は、昭和四二年一月一四日生れの女児で(本件事故当時二才七カ月余)、本件事故当時、既に相当言葉を話し、歩くこともできるようになつていた。

右障害のうち、四肢の障害については、このまま放置すると、機能回復が不可能となつてしまうおそれがあつたので、昭和四五年三月三〇日、回生病院を退院して、同日から同年六月四日まで、高松市内所在香川県立ひかり整肢学園に母の原告公子共々泊り込み入園し、以後、通園しながら、自宅で大いに機能回復訓練に努めた結果、不格好な大臀筋歩行ながら、少々は歩行できる程度にまで回復した。

ところが、昭和四六年八月頃から、音に反応してのひきつけ発作の症状がひどくなり、昭和四七年一月頃からは、音と無関係にしばしば尿失禁を伴う全身硬直性発作(外傷性てんかん)が、大小発作合わせると、日に数回から一〇数回も頻発するようになつた。これを制圧することができないと、知能の低下および性格の荒廃が進行し、遂には、てんかん性痴呆の状態にまで至ることが考えられ、また、心臓にも悪影響を及ぼすおそれがあつた。そこで、同年二月七日から再び回生病院に入院し、てんかん発作を止めるための薬剤療法を受けた。しかし、強力な抗てんかん剤を処方すると、発作の頻度は一日数回程度に下がり、発作の症状の改善も認められるが、そのかわり、歩行はほとんどできず、転倒すると、自力で起き上がることすらできないような著しい無力状態に陥つてしまうので、薬剤の強さを加減すると、今度は、従前どおり激しい発作が頻発するといつた具合で、思わしい結果が得られなかつた。そのため、思い余つた原告玲子の父である原告博明らは、原告玲子を同年四月一八日から同年五月一九日まで東京都品川区所在関東逓信病院に入院させて検査および治療を受けさせたところ、幾分症状の改善は見られたが、てんかん発作をおこさない状態までには至らなかつた。

(二)  治療関係費用 五七四万四、〇〇〇円

(1)  入、通院治療費 一〇二万一、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告玲子は、前記治療を受けるために、岩渕医院に対して五万〇、一八九円、回生病院に対して昭和四六年一月頃までに八四万六、五六二円、ひかり整肢学園(香川県)に対して昭和四五年六月頃までに一万三、七六一円、関東逓信病院に対して昭和四七年四、五月に一一万一、三一二円、合計一〇二万一、八二四円を支払つたことが認められる。そこで、原告の請求額の上限である前記の金額を認容する。

(2)  入院中の付添費 三六万二、〇〇〇円

原告玲子が、原告主張の病院等に、その主張の期間(岩渕医院に三日間、回生病院に二〇二日間、ひかり整肢学園に六六日間、合計二七一日間)入院ないし入園して治療を受けたことは前記のとおりである。

前記原告玲子の受傷内容およびその治療経過ならびに同原告の年令から判断すると、右入院(園)全期間について付添を要したことは明らかである。

〔証拠略〕によれば、ほぼ原告主張の期間(昭和四四年一一月一四日から同年一二月三〇日まで、および昭和四五年一月五日から三月二九日まで)、原告主張の付添婦を依頼し、その賃金および紹介手数料として原告主張の金額二二万二、三六五円)を支払つたことが認められる。

前記入院(園)日数二七一日から、右付添婦を依頼した日数一三一日を控除すると、残日数が一四〇日となることは計算上明らかである。そして〔証拠略〕によれば、この間は、原告玲子の母の公子が付添をしたことが認められる。

ところで、社会常識および弁論の全趣旨からして、原告玲子は、自己の母である公子に付添つてもらつたことに対して現実の出捐をしていないことは明らかである。しかし、付添を要する状態にあつたこと自体が損害と考えられるから、原告玲子が公子に付添つてもらつたことに対して被告が賠償責任を負うべきことはもちろんである。

〔証拠略〕によれば、原告玲子が右職業付添婦に対して支払つた日当は一、四三〇円または一、五六〇円であつたことが認められること、その他諸般の事情から考えると、母公子に付添つてもらわねばならなかつたことによる原告玲子の損害は一日あたり一、〇〇〇円とするのが相当である。

そこで、母公子に付添つてもらわなければならなかつたことに対する原告玲子の損害額を計算すると、一四万円となる。

以上入院(園)中の付添費の額を合算すると三六万二、三六五円となるが、そのうち原告の請求額の上限である前記の金額を認容する。

(3)  入院雑費 八万一、〇〇〇円

〔証拠略〕ならびに入院という事柄の性質からして、原告玲子は、その入院(園)に伴つて、相当額にのぼる諸雑費の支出を余儀なくされたことは明らかである。

そして、右各証拠ならびに前記原告玲子の傷害の内容および治療経過等から判断すると、入院雑費の額は、右二七一日間の入院(園)全期間を通じて入院(園)一日につき三〇〇円を下らなかつたものと認めるのが相当である。

そこで、原告玲子入院期間中の入院雑費の額を計算すると八万一、三〇〇円となるが、そのうち、原告の請求額の上限である前記の金額を認容する。

(4)  将来の装具費 二八万円

〔証拠略〕を総合すると、原告玲子は、両足関節の尖足化の予防と治療のため、昼間は靴型装具(両足とも支柱付)を二〇才くらいまで、夜間は足関節固定保持用硬性装置を骨の成長が止まる一五・六才くらいまで装用する必要があることが認められる。

ところで、これらの装具は将来その必要性が現実化するものである。したがつて、そのための費用も、現在ではまだ将来の支出が見込まれているにすぎない。このような将来の見込費用についてまで、現実の損害として直ちに請求しうるか否かは一つの問題である。しかし、将来そのような支出を余儀なくされる不利益状態自体は本件受傷と同時に発生し、現に存する以上、現実に損害は発生しているものとみるのが相当である。

そこで、〔証拠略〕ならびに昭和三六年五月一二日付厚生省告示第一四四号補装具の種目、受託報酬の額等に関する基準(昭和四六年六月二日付厚生省告示第二一三号による改正後のもの)を総合すると、原告玲子は、右必要性を満たすために、別表(二)記載程度の装具費(事故時の現価に換算)を要するものと認めることができる。

そこで、そのうち、原告の請求額の上限である前記の金額を認容する。

(5)  将来の付添婦 四〇〇万円

前記原告玲子の後遺障害の程度から判断すると、現状では、同原告が常時の付添介助を要する状態にあることは明らかである。

ところで、将来も長く付添を要するか否かは、将来右状態がどの程度改善されるかにかかつている。

〔証拠略〕を総合すると、原告玲子の右状態がどの程度改善されるものかは、前記てんかん発作が止められるか否か(てんかん発作が止められない場合には悲惨な結果となるおそれがあることは先に認定したとおりである。)および仮にてんかん発作が止められたとして、脳の損傷された部分の果していた機能を他の健全な部分がどの程度代償してくれるかにかかるが、これらの問題点については、原告玲子がまだ幼少で、今後成長していくのに伴つて状態が変化していくことが考えられるため、現時点では具体的な見通しをたてることはできないことならびに仮に将来てんかん発作を止めることができたとしても、長期にわたつての機能回復訓練が必要であり、これには、精神的および物理的の両面の理由から親等の介助が必須であることがそれぞれ認められる。

右事実からすると、原告玲子は、脳および身体の成長が止まり、症状も固定する年令と考えられる二〇才くらいまでは、右に指摘した問題点がどのような推移をたどるかにかかわらず、日常生活ないし四肢の機能回復訓練等のために常時の付添介助を要するものと認めるのが相当である。

ところで、これらの付添の必要性のうちには、将来その必要性が現実化するものが多く含まれている。しかし、将来付添を必要とすることになる不利益状態自体は現に存するのであるから、損害は現実に発生しているものとみるべきことは、将来の装具費に関して説示したのと同様である。

右付添を必要とする理由からすると、右付添には、必ずしも専門的技量を持つた者があたる必要はなく、家族等の付添で十分事足りるし、むしろその方が望ましいことが認められる。そして、〔証拠略〕によれば、現に原告玲子の付添については、原告公子が午前中だけの特別勤務に出ている間は、家にいる原告玲子の祖母が付添い、原告公子帰宅後は、同原告が付添および機能回復訓練にあたつていることが認められる。

そこで、このように家族の者等に付添つてもらわなければならないことによる原告玲子の損害額は、付添一日あたり一、〇〇〇円とするのが相当である。

ところで、原告玲子は、母公子が付添いのために特別勤務につくことによつて失う給与の額を付添費算定の基礎としているが、右逸失給与の額は、原告玲子に対する付添の必要性の内容程度とは直接の関連性を欠くものであるから、この算定方法は採用できない。

また、原告玲子は、一二才以降は職業付添婦を依頼するものとして付添費を計算している。しかし、前記のとおり、原告玲子の付添には、専門的技能をもつた職業付添婦によるまでの必要性は認められないから、この方法にもよりがたい。

そこで、原告の請求する原告玲子が二〇才に達するまでの一六年間分の付添費の本件事故時における現価を、便宜昭和四五年九月八日を始期として、年毎に年五分の割合による中間利息を控除してホフマン式計算法(複式)により計算すると、四〇六万二、四五〇円となる。

算式 1,000×365×(12.08-0.95)=4,062,450

そこで、そのうち、将来の付添費として原告の請求している額の上限である前記の金額を認容する。

(三)  逸失利益 六四一万〇、九四三円

前記原告玲子の現症状が改善されることなく推移するとすれば、同原告は成人後もまつたく労務に服することはできないことが明らかである。

そこで、逸失利益の存否、その額は、現症状が今後どの程度改善されるかにかかるわけである。

ところが、この点については、原告玲子が成長段階にある現時点では具体的な見通しをつけがたいことは前記のとおりである。そして、〔証拠略〕を総合すると、仮に現症状の改善がみられることがあるとしても、損傷された脳細胞は再生せず、脳の健全な部分による代償機能や四肢の機能回復訓練の効果にもおのずから一定の限界があるので、原告玲子の場合には、到底受傷しなかつたと同様の状態にまで回復することは期待できないことが認められる。

そこで、このように、現在の症状が改善されることなく推移するとすれば、成長後も労務に服することはできない程度の重度の後遺障害を現に有する幼児について、今後その症状が改善されるか否かおよび仮に症状の改善があるとしても、その程度が不明な場合(但し、受傷しなかつたと同様の状態までの回復は見込めない。)におけるいわゆる逸失利益の算定について考えるに、いわゆる逸失利益として賠償の対象となるべき損害は、受傷することなく成長して、将来稼働することができたならば得られたであろう所得の喪失そのものではなく、受傷によつて発生し、現に存するところのこのような将来の所得喪失をもたらすべき現在の不利益状態と解するのが相当である。すなわち、得べかりし所得の喪失そのものを損害と解するときには、当然喪失所得そのものが証明の対象となるから、右のような場合には逸失利益の証明はないといわざるをえない。しかし、このように受傷者が現にきわめて重大な負担を背負つているにもかゝわらず、そのことが全然逸失利益賠償額に反映されないような考え方は著しく不公平であつて、到底採用できない。これに対し、損害を将来の所得喪失をもたらすべき現在の不利益状態と解するときには、証明の対象は将来の所得喪失をもたらすべき現在の不利益状態そのものということになるから、右のような場合にも、損害の証明はあつたということになり、後は、経験則、条理等を勘案しての損害額の評価が残るのみとなる。そして、こゝにおいて、現存する不利益状態に応じた公平妥当な損害額を算定することが可能となるのである。

そこで、本件における損害評価の方法としては、原告玲子が受傷時二年七カ月余の幼女であるところから、同原告は、本件事故に会わなければ、二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間、産業計、全女子労働者の平均賃金程度の収入を得られる稼働能力を有していたものとし、また、仮に同原告が将来稼働能力を回復するとしても、その程度が不明なところから、同原告は、この観点だけからみても、本件事故によつて、既にその稼働能力の五割を喪失したものとするのが相当である。

ところで、本件では、そもそも同原告が稼働能力を回復するか否かからして不明なのである。この事柄の本来の性質からいえば、これは労働能力の喪失率に反映させることにはなじまないものというべきであろう。しかし、これを稼働能力の喪失に全然反映させないとするならば、この重大な現在の不利益状態が損害額の算定にあたつて全然考慮されなかつたことになる。また逆に、労働能力をすべて喪失したものとするときには、原告玲子には、その程度は不明ながら、まだ稼働能力を回復する蓋然性が残されているにもかゝわらず、このことが全く捨象されてしまうことになる。これでは、いずれにしても、将来稼働能力を回復するか否かが不明である状態の公平な評価方法とはいえない。そこで、この事柄については、やはり稼働能力喪失率の中に盛り込むことによつて公平を期すべきものと考える。そして、その評価方法としては、前記五割の稼働能力から更にその五割を控除するのが相当である。

すなわち、現時点における原告玲子の労働能力喪失率は七割五分とするのが相当である。

そこで、労働大臣官房労働統計調査部による昭和四六年賃金構造基本統計調査結果速報三七ページによれば、産業計、全女子労働者の平均賃金は年額五八万八、七〇〇円であるところにより、この金額を基礎にして、二〇才から六〇才に達するまで四〇年間の原告玲子の逸失利益の現価を年毎複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、六四一万〇、九四三円となる。

算式 588,700×(26.60-12.08)×0.75=6,410,943

(四)  慰藉料

前記原告玲子の治療経過および後遺障害の程度その他諸般の事情を総合考慮すると、同原告に対する慰藉料の額は三〇〇万円とするのが相当である。

四  原告博明および原告公子の慰藉料について

原告博明および原告公子が原告玲子の父および母であることは当事者間に争いがない。

前記原告玲子の受傷内容、その治療経過および後遺障害の程度に〔証拠略〕を合わせ考えると、原告博明および原告公子が原告玲子の受傷によつて受けた精神的苦痛は、同原告が死亡した場合に優るとも劣らない程度のものであつたということができる。したがつて、原告玲子の父母である原告博明および原告公子についても、原告玲子の受傷に関して固有の慰藉料請求権を認めるべきであり、その額は原告博明および原告公子について、その主張のとおり、各五〇万円とするのが相当である。

五  過失相殺

以上検討の結果によれば、本件交通事故によつて、原告玲子は一、五一五万四、九四三円、原告博明および原告公子は各五〇万円の損害を被つたことになるが、後記監督義務者である原告博明の過失を斟酌して、各その三割五分を減額し、そのうち被告に賠償させるべき額は、原告玲子に対して九八五万〇、七一三円、原告博明および原告公子に対して各三二万五、〇〇〇円とするのが相当である。

すなわち、〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

現場道路はほぼ南北に直線に延びているので、前後の見通しはよい。幅員は約四・五メートルで、原告博明らを降ろすために現場道路の東側端に寄せて停車していたタクシーの西側面から道路の西側外側線までの距離はおよそ二・四メートルくらいであつた。タクシー停車位置の東側には一面の田園が開けているが、西側には、坂出市林田町八二八番地池尻昇方家屋がある。現場道路における車両の通行状況は比較的閑散である。

原告博明は、当日、右池尻昇宅を訪問すべく、原告玲子(当二才七カ月余)およびその姉の美智子(当六才)を伴つて、タクシーで肩書自宅を出発し、本件事故現場に到着した。タクシーの運転手は、現場道路の東側端(進行方向に向つて左側端)に寄せてタクシーを停車させると、直ちに後部左側ドアを開いた。後部座席には、左から美智子、原告玲子、原告博明の順にすわつていたが、原告博明は二人の子供達の動静に注意を払うことなく、タクシー代を支払うべくポケツトをまさぐつていた。この間に、美智子および原告玲子はタクシーを下車し、停車中のタクシーの後方にまわつた。そして、まず美智子が右池尻昇方に向つて走つて現場道路を構断し、道路西側端に立ち止つて原告玲子の方を振り返つた。次いで、原告玲子が姉に続くべく小走りに道路横断にかかつた時、タクシーの進行してきた方向とは反対の方向から進行してきて、タクシーの右横(西側方)を通過しようとした加害車両の右前部と衝突した。

他方、被告は、加害車両を運転して現場道路を南から北に向つて時速五〇キロメートルから四〇キロメートルくらいの速度で進行し、本件事故発生地点の手前三〇メートルくらいの地点にさしかかつた際、前方にタクシーが停車しており、既にその後部ドアは開いていることに気付いたが、そのまま進行を続けようとしたところ、女児(美智子)が右タクシーの後方から飛び出し、走つて道路を横断するのを認めたので、少々危険を感じ、直ちにブレーキを踏んで速度を時速三〇キロメートルから二五キロメートルくらいに減速した。しかし、美智子が無事道路を渡り終つたことで事故発生の危険は去つたものと即断し、道路を横断し終つた美智子が道路左端に立ち止つてタクシーの方を振り返るのを認めたが、もはやタクシーの後方に注意を払うことなく、足をブレーキペダルから離し、漫然右タクシーの右(西)側方を通過しようとした。そして、およそ二メートルくらいの至近距離になつてはじめてタクシーの後方から加害車両の進路前方に出てくる原告玲子を発見したが、時すでに遅く、急ブレーキを踏むいとまもなく、加害車両の右前部を同原告に衝突させた。

以上の事実を認めることができ、右事実によれば、加害車両の運転者である被告において、右タクシーの側方を通過するにあたり、タクシーの後方に注意を払いつつ、徐行するとともに、ブレーキペダルの上に足を置いておく等して事故の発生を未然に防止すべき慎重な運転態勢をとつていなかつたことが本件事故発生の重要原因となつたものといわなければならない。

しかし、他方、原告博明としても、現場は比較的交通閑散とはいえ、現場を通過する車両のありうることに意を払わなくてもよいといえるような状況ではなく、かつ、二人の子供達、ことに原告玲子は年令わずか二才七カ月余で、交通の危険から自ら身を守る能力はまだ備わつていないのであるから、同原告を常に自己の目と手の届く範囲内に置いておくべきであつた。しかるに、原告博明は、タクシー料金を支払うことに気をとられて、原告玲子がタクシーを降り、その後方に回つたことに気付かず、同原告の路上ひとり歩きを放置した過失があつた。そのため、タクシーの後から加害車両の進路前方に飛び出すという原告玲子の無謀な行為を制止することができなかつたのである。

六  損害填補 二九五万円

原告玲子が自賠責保険金二八五万円、被告から一〇万円、合計二九五万円を受領していることは当事者間で争いがない。そこで、これを同原告の損害額から控除することとする。

七  弁護士費用 四〇万円

〔証拠略〕を総合すると、本件賠償問題に対する被告の態度は、「自分には支払能力がないから保険会社からとつてくれ。」の一点張りであり、しかも原告らの損害額は大きく、その額の算定等も困難で、到底任意の弁済を受けられる見込がなかつたので、原告らは、やむなく本訴の提起と遂行を本件原告ら訴訟代理人に委任し、原告玲子の負担において、同訴訟代理人に対し、本訴提起時に一〇万円を支払い、かつ、勝訴の場合には、認容額の一割(三〇万円で上限を画す。)の謝金を支払うことを約したことが認められる。

そこで、右本訴提起に至る事情、本件訴訟の難易度および本件訴訟の経過ならびに認容額等を総合考慮すると、原告玲子の請求する弁護士費用四〇万円はすべて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、被告は、原告玲子に対して七三〇万〇、七一三円およびうち弁護士費用四〇万円を除く六九〇万〇、七一三円について本件事故発生の日の翌日である昭和四四年九月八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告博明および原告公子に対して各三二万五、〇〇〇円およびこれに対する右同日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

よつて、原告らの各請求を右の限度で正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行は同法一九六条を適用し、原告博明および原告公子については認容額全部につき、原告玲子については認容額のうち、将来の装具費、将来の付添費および逸失利益にあたる部分については、各その性質から考えて仮執行宣言を付することは相当ではないと考えられるし、その余の部分にあたる金額だけでも当座の需要は満たしうるものと認められるので、同部分にあたる金額につきそれぞれ主文4項のとおり、その宣言を付することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 越智傳 堺和之 浜井一夫)

別紙(一) 将来の装具費の明細

〈省略〉

別紙(二) 将来の装具費

〈省略〉

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